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横浜地方裁判所 昭和43年(行ウ)3号の1 判決

原告 日本共産党神奈川県委員会

被告 横浜中税務署長

訴訟代理人 松沢智 外八名

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、請求の趣旨

(一)  被告が昭和四一年八月三〇日付で原告に対してした入場税金一一万五、一六〇円の課税処分を取消す。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

三、請求原因

(一)  原告は、日本共産党の神奈川県における下部組織であるが、被告は、原告が昭和四〇年七月二三日横浜文化体育館において演劇を上演したとして、昭和四一年八月三〇日付をもつて、課税標準額を金一一五万一、六〇〇円、税額金一一万五、一六〇円とする入場税賦課決定処分(以下、本件課税処分という。)をした。

(二)  そこで、原告は、これを不服として同四一年九月二八日、被告に対し異議申立をしたが、被告は、同年一一月三〇日付で右異議申立を棄却する旨の決定をした。そこで、原告は、同年一二月三一日、東京国税局長に対し審査請求をしたところ、同局長は、同四二年一〇月三〇日付で右審査請求を棄却する旨の裁決をした。

(三)  しかし、被告の原告に対する本件課税処分は、違法であるから、その取消を求める。

四、請求原因に対する答弁

請求原因(一)、(二)項の各事実は認める。

五、抗弁(課税処分の適法性)

本件課税処分は、以下に述べる根拠に基くもので適法である。

(一)  原告は、昭和四〇年七月二三日、横浜市中区公羽橋所在の横浜文化体育館を借り受け、同所において、演劇「日本の夜明け」(以下、本件演劇という。)を催し、六三三四人に対し一人当り金二〇〇円の対価を徴して観覧させた。

(二)  右上演会場は入場税法一条にいう興行場等に、また本件演劇の上演は同法二条一項にいう催物に該当し、原告は右催物の主催者として入場料金を多数人から領収したことになるから、原告は同法に基いて入場税の納付義務を負うものであり、その課税標準額は金一一五万一、六〇〇円であり入場税額は金一一万五、一六〇円となる。

六、抗弁に対する答弁および原告の主張

(一)  答弁

抗弁(一)の各事実は否認。

ただし、被告主張の日時場所において本件演劇が上演されたこと、およびその際入場者から各金二〇〇円が徴された事実は認める。

(二)  主張

(1)  主催者について

本件演劇を上演した主催者は原告とは別組織である「日本共産党四三周年記念実行委員会」であつて、原告はその主催者ではない。

(2)  本件演劇の催物性について

仮に、本件演劇の上演について原告がその主催者であるとしても、本件演劇の上演は、左記の理由により入場税法にいう「催物」に該当しない。

すなわち、本件演劇は、日本共産党四三周年記念集会において上演されたものであるが、右集会は、日本共産党が創立以来四三年間にわたる党活動の歴史と成果とを同党の支援者に広く宣伝することを目的としたもので、その中心は同党の宮本書記長の一時間余りにわたる記念講演であつて、本作演劇は右講演の単なる添え物に過ぎないし、また本件演劇自体、台本もなく、即興的に若干の歌曲に舞踊の振付けをした程度に過ぎず、上演時間も短時間であり、その内容も宮本講演を中心とする右集会の前記政治的意図を演劇形式で集会参加者に訴えた政治宣伝そのものであつて、娯楽を目的とした一般演劇とは趣きを異にするもので、入場税法の沿革、入場税そのもののぜいたく税的性格等から考え、政治宣伝集会の中で行われたその目的および内容において全く娯楽性のない本件演劇の上演のごときは、課税の対象たる「催物」に該当しないというべきである。

(3)  入場料金について

本件集会の入場者から徴した一人当り金二〇〇円は、同法にいう入場料金には当らない。この徴収金は、本集会を運営するに必要な経費の共同分担金たる性質をもつものであり、事実右入場者から徴した金員の殆んどは宮本講演の費用に支出され、演劇上演のために支出された金額は極めて些少なものであり、このような場合にまで課税するのはその実益がないものといわねばならない。

七、証拠〈省略〉

理由

一、請求原因(一)(二)項の各事実は当事者間に争いがない。

そこで、以下本件課税処分の適法性の有無について検討する。

二、主催者について

本件演劇が被告主張の日時場所において上演されたことは当事者間に争いがないが、原告は、本件演劇上演の主催者は原告とは別組織である「日本共産党四三周年記念実行委員会」であつて原告ではないと主張する。

ところで、入場税法二条二項によれば、「主催者」とは、臨時に興行場等(同法一条に定める場所、以下同じ。)を設け、または興行場等をその経営者もしくは所有者から借り受けて催物を主催する者をいう、と定め、そして、ここにいう主催する者とは、現実に催物を興行場等で多数人に見せ、または聞かせたりする事務についてこれを企画し、かつ統括、ないしは監督指揮をし、実行する責任者を指すものと解すべきところ、証人渡辺俊次郎の証言および同人の証言によつて真正に成立したと認められる乙三号証、原本の存在成立ともに争いのない乙一号証の一ないし三、成立に争いのない乙五号証の二によれば、本件演劇を上演するに際し、原告はその会場として横浜文化体育館およびその付帯設備を使用することとして横浜市長に対し原告名をもつて同会館等の使用許可申請書および使用計画明細書を提出していること、および当日の演劇上演を含めた集会の開催を広報するために掲示したポスターには原告が主催者である旨の明示があり、また日本共産党の機関紙「アカハタ」にも同趣旨の報道がなされていることが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

そして、一方、原告が主張する実行委員会なるものが規約、執行機関等を定めて正式かつ有機的に組織されたものであること、および同委員会がその名において独自に本件演劇の上演等について具体的に企画または実行したものであることの形跡を窺うこともできない。以上の諸事実を総合判断すれば、本件演劇の上演等については、原告がその名と責任において横浜市長より興行場等の使用許可を得てその開催を企画し、かつこれを統轄指揮をし実行した者、すなわち前記法条にいう催物を主催する者に該当するというべきである。なお、原告は日本共産党の下部組織であつて、いわゆる法人格のない社団であると考えられるが、このような人格のない社団であつても、税法上担税能力を有するものと解するのが相当である。

三、催物性について

被告は、本件演劇は入場税法二条一項にいう「催物」に該当すると主張し、原告は、これを否定するので、この点について考える。

ところで、入場税法二条一項によれば、「催物」とは、(1)興行場等において(2)映画、演劇………その他政令に定めるもので、(3)多数人に見せまたは聞かせるものをいう、と定めるのみである。

そこで、右(1)ないし(3)の催物性の要件について以下検討するのに、同法二条、三条によれば、およそ「主催者」が興行場等において演劇等を上演して多数人から対価を徴しその観覧に供した場合には、その対価、すなわち入場料金について入場税を納付すべきものとされていることから考えると、催物性を有する演劇というためには、通常その観覧のために多数人が相当の対価を支払うのに相応するものと評価しうる内容、形態を備えたものであること、すなわちその演劇自体にいわゆる興行性が備わつていることが必要な要件であると解すべきである。

ところで、証人纐纈俊郎、同波多野光応、同渡辺俊次郎の各証言、乙一号証の一ないし三、その方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙六号証および成立に争いのない乙八号証、前記纐纈の証言によつて真正に成立したと認められる乙九、一〇号証を総合すれば、本件演劇は、劇団新制作座から解雇された同劇団員七〇名によつて昭和四〇年三月頃結成された劇団統一劇場という職業的演劇団体によつて上演されたもので、同劇団は、同年中において、東京(九段会館ホール、品川公会堂等)、大阪等各地で有料(本件同様二〇〇円)公演を続けていたこと、また同日上演された「日本の夜明」なる演劇の内容は、戦前、戦後の日本のいわゆる労働歌、民謡、「米帝は出ていけ」とか「立てベトナム」等の北朝鮮、ベトナム等におけるアメリカ帝国主義に対する抵抗の歌等に舞踊やコントを加えてこれらを司会でつなぎ合わせたいわゆる構成劇というべきものであるが、右歌曲、舞踊等は、いずれも前記各地の公演で同劇団によつてすでに上演されたことのあるものの中から適当に選り出したものであり、また本件演劇は、構成劇とはいえ、全体的な構成演出が予め組み立てられ、照明音響等に相当な設備を使用し、準備(リハーサル)に約四時間を要し、出演者も四〇名(ほか裏方相当数)と多数であること等からして本件演劇が原告主張の如く即興的なものとはいい難く、前記各地で同劇団によつてすでに(有料)上演された際のものとその内容においてほとんど異なるところがないものであること、また、上演時間もほぼ四〇分前後を要すること、更に本件上演会場として使用された横浜文化体育館は多数人を収容して演劇を上演観覧するに足りる十分な設備を備えていること等が認められ、この認定に反する証拠はない。右認定の諸事実を総合判断すれば、本件演劇が対価を徴して一般多数の観覧に供するに相応する演劇、すなわち右に述べた興行性の要件を充たしていることは明らかである。

次に、原告は、本件演劇は「日本共産党四三周年記念集会」において、その添え物として上演されたもので、その内容および上演の意図も右集会の趣旨にそつた、政治宣伝を目的とした、いわゆる娯楽性のないものであるから「催物」に該当しないと主張し、前掲各証言および乙一号証の三、三号証、五号証の二、六号証によれば、本件演劇は原告主張の前記集会において上演されたこと、右集会は午後六時頃から約三時間にわたつて開催され、最初の約一時間足らずの間は本件演劇の上演、その余は同党の宮本書記長を中心とする同党の政策宣伝を内容とする記念講演が行われたこと、本件演劇上演の目的も右趣旨に概ねそつたもので、その内容もいわゆる娯楽性の稀薄なものであること等ほぼ右原告主張にそう事実が認められる。

そこで、更に「演劇」が催物性を有するためには、すでに述べた興行性の要件に加えて、その内容および上演の目的において娯楽性という要件を必要とするか否かについて検討するのに、入場税法の戦時課税としての沿革(ことにぜいたく税的性格)、および「映画、演劇」自体が通常有する娯楽的性格等を考慮すれば、演劇に娯楽性を有するということは催物性を認定するうえでの一資料となる場合のあることは否めないとしても、同法が前記のごとく「催物」を定義するのに、単に「映画、演劇………その他政令で定めるもの」と定めているのみで、娯楽性のあることを必要要件とはしていないこと、また、同法によれば、一定の文化財等や伝統芸術を公開する場所、あるいはアマチユアスポーツを催す競技場への入場に限つてこれを非課税(同法九条一項)、とし、また、一定の主催者に限り特定の要件のもとに免税(同法八条)とするものとされているが、本件演劇の上演については、右いずれの場合にも該当しないこと、更には租税法自体の形式的、技術的性格、および税負担の公平の見地等の諸点を合わせ考えれば、前記のごとく娯楽性のあることが催物性を認定するうえでの一資料となることはあつても、当該演劇がその内容および上演意図において娯楽性が稀薄であるか、あるいは皆無であるからといつて、このことだけからその演劇の上演が同法による入場税の課税の対象から排除する趣旨であると解するのは相当ではなく、結局、同法にいう「催物」というためには、当該演劇の上演がその内容に娯楽性を有すると否と、またその意図に娯楽性を有すると否と、いいかえれば、それが政治宣伝を目的としたものであると否とに係わりなく、前述の興行性の要件さえ備えていれば足りるのであつて、それ以上にその内容および目的における娯楽性の要件は必要でないものと解すべきである。また、本件演劇が前記認定のごとくそれ自体で十分興行性を有するものである以上、本件演劇の上演を含めた前記集会が全体として政治宣伝集会としての性格を有するものであつたとしても、そのことによつて本件演劇の上演自体の催物性が失われるものではない。

四、入場料金について

本件演劇上演会場に入場させるに当り各入場者から一人当り金二〇〇円が徴収されたことは当事者間に争いがなく、また右金員徴収の主体が原告であることも前記認定のとおりである。

ところで、右金員の性質について被告がこれを本件演劇観覧のための入場料金であるとするのに対し、原告は、これは入場税法にいう入場料金ではなく、前記集会全体の運営のための必要経費の分担金であると反論するが、証人波多野、同渡辺の各証言および弁論の全趣旨によれば、本件演劇の上演に関しては予め入場券が発行されており、当日会場へ入場するためには予め主催者に金二〇〇円を支払つて右の入場券の交付を受け、これを提示することを必要としたこと、すなわち右金員は本件(演劇)会場への入場の対価であることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。そうであるならば、右対価の名目が経費分担金等如何なるものであろうとも、同法二条三項にいう入場料金に該当することは明らかである。しかも、また、政党等の政策宣伝のための講演会等は対価性を有しないのが通例であること、および右領収金がその後原告において本件演劇上演以外のどのような費用に支出されたかが明らかでないこと等から考えると、原告が領収した右金二〇〇円は、その全額(もつとも、入場税額に相当する金額は含まないが)について本件演劇の上演に対する入場料金であると認めるのが相当である。

五、入場人員等について

証人波多野、同渡辺の各証言、乙一号証の三、五号証の二、および右波多野の証言によつてその存在ならびに成立が認められる乙七号証によれば、当日の本件会場への有料入場者は六三三四人であつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。また本件演劇を上演した会場が入場税法一条一号にいう興行場に該当することも明らかである。

六、結論

以上認定によれば、本件演劇の上演が入場税法にいう興行場等において催された「催物」に該当し、また原告がその主催者として右上演に際して入場者六三三四名から各金二〇〇円の料金を領収したものであるから、原告が右金額のうち入場税額に相当する金額を控除した入場料金について入場税を納付する義務を負うことは明らかであり、そして、同法にいう入場料金(課税標準額)は、右領収金計一二六万六八〇〇円から入場税額相当金額を控除した金一一五万一六〇〇円(同法二条三項、端数の切り捨てについては国税通則法による。)、入場税額は右金額に百分の一〇を乗じた金一一万五一六〇円となる。

その算式を示すと、次のとおりである。

200×6,334=1,266,800…………………領収金合計

1,266,800×100/110≒1,151,600…………課税標準額

1,151,600×10/100=115,160………………入場税額

そうすると、被告が原告に対してした本件課税処分は適法というべきである。

よつて、本件課税処分が違法であるとしてその取消を求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 唐松寛 田中昌弘 中田忠男)

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